以前に、パワハラ関連のことを調べる際に、研究に基づいた知見を得たいと思い、出会った本がありました。
こちらです。
津野香奈美 著『パワハラ上司を科学する』ちくま新書 2023年
本の感想を記事にしています。よろしければお読みください。(→ 当該の記事へ)
そして、津野氏が2026年7月に新著を出されました。こちらです。
津野香奈美 著『「不機嫌な職場」を科学する 悪意なきパワハラと攻撃を生み出すメカニズム』SB新書 2026年
著者が冒頭(6ぺージ)に、「前著では、パワハラ行為に至る個人のメカニズムに迫りました。本書ではさらに視野を広げ、「組織」「職場」そのものの構造に焦点を当てます」と書いておられます。
個人的には、今回の本も個人のメカニズムに関連することが書かれているように思いますが、いずれにせよ、今回も豊富な先行研究から様々な知見を提供してくださっています。

今回の記事は、私にとって引っかかった箇所を幾つか取り上げ、現場のミドルマネジャーへの示唆を提供します。
インシビリティ
皆さんは「インシビリティ」という言葉をご存じですか?それは、
職場環境を害してはいるが、ハラスメントとは認定されず懲戒処分にもならない言動
のことを言っており、日本語では「礼節の欠如」や「無礼さ」に該当するようです。明白にはパワハラと言いづらい、「グレーゾーンのパワハラ」とも呼ばれているのがインシビリティです。
いくつか例を挙げると、
・会話している時にパソコンやスマホの画面を見たり、別の作業をしながら話を聞く
・機嫌が悪い時にそれを態度に出す
・性別、年齢、教育歴、出身地、職種、入社年次の違いで態度を変える
・他の人のことは「さん」付けなのに、特定の人だけ「おまえ」「~君」「~ちゃん」と呼ぶ
といったことがインシビリティに該当するようです。こういった言動が、従業員の健康や組織状態に深刻な損害を与えるようです。
あからさまなパワハラ行為は流石に減ってきていると思いますが、インシビリティは職場にまだまだありそうです。

インシビリティ、やってしまっていませんか?
著者は、「シビリティ風土を醸成しよう」(215ページ)と提案しています。
シビリティとは、インシビリティの反対概念で、「礼節」や「礼儀正しさ」と訳され、「労働者間で交わされる最低限の礼儀正しいコミュニケーションと、協調を維持する社会的規範」を指すようです。
では、どうやってシビリティ風土醸成するのか・・・本の中では、米国製「CREWプログラム」という研修が紹介されていますが、記載内容(216ページ)をみる限り、組織開発で行われる基本的なワークショップのようにみえます。
著者は、安心できる職場をつくるための提案として、「役割の曖昧さを減らそう」(210ページ)と述べていますので、私なら、それも加味して、メンバーシップ型の持つ役割曖昧性を軽減させるような要素を加えた「CREWプログラム」を実施するほうが、パワハラ職場をなくすためには有効ではないかと考えます。
男性性の強さ
著者は、有名なホフスティードの調査をもとに、ハラスメントを誘発する文化として、日本国民の特徴である「男性性の強さ」を挙げています。
男性性とは、「競争原理の中で、業績、成功や地位を重視する傾向」のことで、男性性の強い社会では、設定された目標は必ず達成すべきものとされ、それを実現するための絶え間ない努力が求められます。そして、結果として、成功したものは周囲から賞賛されるという特徴があるようです。(80ページ)
比較:女性性=弱者への思いやりや、仕事よりも私生活・家庭の質を重視する傾向のこと
よく言われる「男性が稼いで、女性は家庭を守る」という「性別役割分業規範」は男性性の強い社会の表れですね。
そして、
男性性が強く重視される風土ほどパワハラが起きやすい
ことが複数の研究でしめされているそうです。
今では、さすがに「性別役割分業規範」を排除しようする風潮がありますが、JTC(伝統的日本企業。特に製造業)を中心に、現実にはまだまだ男性性文化は変わっていません。つまり、パワハラ発生の基盤がまだまだ残っているということです。
今回紹介している本に限らず、男性性ないしは男性中心の文化が、パワハラという側面に限らず、生産性や創造性、ウェルビーイングなどの多くの面で良くない影響を与えていると論じています(※1 ※2)。
※1 ルディー和子 著『男子系企業の失敗』日本経済新聞出版 2023年
※2 浜田敬子 著『男性中心企業の終焉』文春新書 2022年
ではどうすればいいのでしょうか?
この本では「組織の女性性を高める」ことを提案しています(204ページ)。具体的には、こう言っています。
女性管理職が30%未満の状況では、女性が目立つ存在として標的になりやすくハラスメントが増加することがわかっています。一方で、40~60%に達すると「女性であること」を理由とした攻撃が起きにくくなります(206ページ)。
著者の主張は理解できますが、男性性文化を強く持っている製造業では、そもそもリケジョ(理系女子)の絶対数が少ないため、女性を増やすことが不可能です。

だからこそ、そんな企業のミドルマネジャーの皆さんには、この本や先ほど挙げた本(※1、※2)を読んでもらいたいです。
現実的に女性を増やせない中でできることは、男性のマネジメント層が、女性性の持つ良さとは何かを理解・認識し、日常の意思決定が男性性特有のものになっていないか、そして女性性文化ならどのような意思決定をしそうか、そんなことを考え、自分(たち)のクセやパターンを見直す機会を取り入れることが必要かと思います。
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やはり「叱る」は不要
「叱る」と「怒る」は違うと言われます。しかしこれは、あくまで「叱っている側の言い分」であって、叱られている側に話を聞くと、「叱る」と「怒る」の違いを判別できていないことが多いのです(122ページ)。
日本人を対象にした筆者らの研究で、ネガティブフィードバックは、上司に対する信頼を上げることにも、仕事に対するポジティブな態度にもつながらないことがわかっています(122ページ)
叱るという行為は、成長を促すどころか、モチベーションを下げ、メンタルヘルス不調を引き起こすリスクが高い指導形態と言えます。「叱ると人は育つ」という考えは幻想なのです(123ページ)。
この点は、以前に読書感想を書きました村中直人氏も著書『「叱れば人は育つ」は幻想』の中で同じことを言っています。(→ そのことを書いたブログ記事へ)
これだけ複数の科学的知見として、「叱ることにポジティブな効果はない」と言っていますので、現場の我々は真剣に受け取る必要があります。
厄介なのは、パワハラに該当するような叱り方をする人って、自分がパワハラしているという自覚が薄いようなのです。

自分の言動を批判的にみて、メンバーを叱っていませんか?
𠮟りグセは治りづらいようです。叱る側の「自己効力感の上昇」と「処罰感情の充足」という心理メカニズムが働いており、喫煙や飲酒への依存と似た心理的ループが働くから止められないようです。(124ページ)

とはいえ、現実には安全や人権などに関わる場面で、ちゃんと叱らないといけない場合だってあるんだ
というご意見があると思います。この本でも「ちゃんと叱らねばならない場面」として、
・誰かの命を助けるためである場合(特に緊急時)
・相手が人権侵害行為を行った場合
・相手が不正行為・犯罪行為・深刻な規則違反行為をした場合
が挙げられていますので、どんな場面でも叱るなと言っているわけではありません。あしからず。
まとめ:
今回のポイントを改めて整理します。
- インシビリティをなくす: ハラスメント以前の「無礼な態度や配慮の欠如」が職場を蝕む。まずは日々の挨拶や相手の話を聞く姿勢から「シビリティ(礼節)」を高める。
- 男性性風土を見直す: 業績・成果至上主義に偏っていないか立ち止まり、多様な価値観(相手への思いやりや共感、ワークライフバランスなど)を踏まえた判断や意思決定を意識する。
- 「叱る」を手放す: 叱る指導はメンバーのモチベーションを下げ、成長にも繋がらない。安全や人権に関わる緊急時以外の日常指導では、対話や肯定的なフィードバックを中心に行う。
パワハラ予防・防止による職場環境の改善は、特別な施策に頼らずとも、「日々のちょっとした言動のアップデート」から始まります。
まずはご自身の振る舞いを少し見直すことから始めてみませんか?現場で奮闘するミドルマネジャーの皆さんを応援しています!

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