現場のマネジャーであれば、事業ポートフォリオをいう言葉が聞かれたことがあると思いますが、人材ポートフォリオという言葉をご存じでしょうか。
事業ポートフォリオと人材ポートフォリオは密接に関係しています。というよりも、連動しています。ですが、現実的には2つが連動している企業はまだまだ少ないと思われます。
連動させることがいかに大切なことなのか、多くの企業でなぜ連動していないのか、そもそも人材ポートフォリオって何なのか、このあたりに関して良書を見つけました。以下の本です。
PwCコンサルティング合同会社 加藤・高田・鈴木著『企業変革を実現する 人材ポートフォリオ・マネジメント戦略』労務行政(2025年)

現場のマネジャーの皆さんはあまり手に取らない本だと思いますが、お勤めの会社が「事業ポートフォリオをうんぬんかんぬん・・・・」と言っているのであれば、この本を読んだほうがいいと思います。ミドルマネジャーとしての皆さんの価値がグッと高まると思います。
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まず、人材ポートフォリオという言葉、この本の中では、以下のように説明しています。
人材ポートフォリオは、企業が経営戦略・事業戦略を実現するための最適な人材の構成を指す。どのような人材の組み合わせにすれば、効果的に戦略を実現できるかを考えるものである。(18ページ)
このように書くと、人によっては、

それって、要員計画のことじゃないの?
と思われるのかもしれません。それに関しては、このように言っています。
大抵の場合、要員計画は頭数中心の計画であり、人材の質は含まれない。また、各組織の要員数を挙げているだけであり、組織をまたいだ人材配置等の人材アロケーションは検討の俎上に上がりにくい。活用用途としては、予算策定や採用、人員削減といった人員数や人件費に関連したことが中心である。「人材の量」に焦点が当たっていることが、特徴といえるだろう。一方で、人材ポートフォリオは中長期的な時間軸であること、人材の量だけではなく質を捉えることが大きな違いである。(50ページ)
いかがですか?
どの位の人数 or 総人件費(量)で成果を出そうとしているのかではなく、どんな人たち(質)を使い、どんな陣容で中長期的な成果を出そうとしているのかを考えるのが人材ポートフォリオです。
変化の激しい時代、人数(量)だけ揃えても、低付加価値のスキル/時代遅れのスキルを持った人材ばかりでは競争に負けてしまいますね。
そして、こんなことも書いてありました。
米国のように雇用の保全性が低く、人材流動性が高い国では人材ポートフォリオの必要性は低い。なぜならば、短期的な人材の入れ替えが容易だからだ。(21ページ)
現在、日本では従業員を(事実上)簡単には解雇できません。たいぶ転職が当たり前になってきたとはいえ、人材流動性は高いとはまだ言えません。だからこそ、中長期的視点をもって、人材の質をいかにマネジメントしていくかは、日本(特にJTC)でのマネジメントにおいてかなり重要なことと言えそうです。
ですから、現場のマネジャーの皆さんには、この本を読んだほうがいいと思うのです。
前置きが長くなりましたが、今回のブログでは、この本の内容をもとに、現場のマネジャーの皆さんに向けて伝えたいことを3つ書いていきます。
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1.公平、一律という考え方は止める
「公平性」にとらわれていると、人材流出が加速し、抜け殻のような会社になってしまう。それでは経営戦略の実現はできず、投資が全くの無駄になってしまう。・・・(中略)・・・。「公平」や「一律的」であることが、人材ポートフォリオ実現の壁になるリスクが十二分にあることを押さえておきたい。(61ページ)

ここで言っている「公平」とは「悪平等」のことだと、私は理解しました。
運用上で「やってもやらなくても評価はどうせ同じ」と社員に捉えられているような人事制度は百害あって一利なし。そんな状態であれば、優秀な人材ほど競合他社に行ってしまいます。そして残るのは、向上心のない、変化に適応できない人材ばかり・・・・。そんな組織に未来はありません。
事業戦略を遂行する上でカギになる人材を好処遇で迎え、成果を出した際には高報酬を与える。健全なひいき、これが描いている事業ポートフォリオを実現するための基本な考え方です。
少し注意が必要なのは、知の探索(※)やイノベーションに関わる人材にスポットを当たりがちなのですが、知の深化(※)やキャッシュカウに関係する人材も事業戦略を遂行上で大切な役割を担っていますので、正当な評価は必要です。
※ 知の探索、知の深化とは → ハーバード・ビジネス・レビューのサイトへ
事業戦略上、組織の縮小・解消のため、人材の代謝を促さねばならないことがあります。そんな場合、マネジャーにとっても、部下側にとっても、メンタルの痛みを少しでも軽くするために、普段から人材ポートフォリオを意識したマネジメントをしていることです。(メンタル面だけでなく、キャリア形成上も双方にプラスがあります)
2.人員数に関して。現在起点の発想は止める
読者の皆さんも、数時間でできることを締め切り直前まで先延ばしにしたり、必要以上に時間をかけてしまったりした経験はあるだろう。本来、業務に合わせて必要な人員を充てるべきなのだが、組織においては人員に合わせて業務を膨張させていくという作用が働きがちである。(115ページ)
組織における人員数が業務量に影響を与え、その人員数でできる範囲の業務に収斂していくのだ。「あるべき人材量」を策定していく際には、現在の人員数を是とするのではなく、もっと少ない人員でできるのではないかという批判的な視点を持つことが重要である。(116ページ)
本の中で、「パーキンソンの法則」なるものを紹介しています。パーキンソンさんは、イギリスの歴史学者で、こんなことを提唱されているみたいです。

仕事は、与えられた時間をすべて満たすまで膨張する
皆さんはこの法則をいかに思われますか?私は感覚的に納得できます。
大体において、組織においては生産性向上が求められます。より少ない資源で最大の成果を出すこと。ですので、資源(特に、人的資源)はいつも足りていない(と感じられる)ものです。

その証拠に、エンゲージメントサーベイをやると、多くの組織で「リソースは十分か?」という設問への回答は、他の設問と比べると悪い結果になっていると思います。
人材ポートフォリオで「人材の量」を描く際には、「もっと少ない人数でできるのではないか?」を基本的な問いとして自らに投げかけることです。
業務を効率化するための手段は、
①標準化 ②集約化 ③自動化 ④デジタル化 ⑤外部化
があるようです。(112ページ)
自分たちのミッションはなにか、創出する付加価値はなにかを考え、自分たちでなくてもできる仕事は他に任せる。そんなことを真剣に考え、決断しないと、厳しい競争環境をサヴァイヴすることはできません。つまりは、企業価値の向上には繋がりません。
3.人材ポートフォリオはキャリア選択のヒントに
3点目が、この本を読んで、私が最も同意した点です。
人材ポートフォリオは社員にとっても、キャリア上のゴールになり得る。(185ページ)
人材ポートフォリオは、「会社としてはこのような人材が必要だ」「社員にはこういう人材を目指してほしい」と宣言しているようなものだ。会社が求める人材タイプを開示していくことで、社員個人のキャリアゴールと重なり合う可能性が出てくるのだ。逆に、社員個人の目指すキャリアゴールが会社の示す人材タイプにない場合、その方向性の食い違いを早期に認識できることは双方にとって幸せなことといえる。(186ページ)
いかがですか。私は強く同意します。
社員は会社の持ち物・所有物ではありません。ましてや、ミドルマネジャーの持ち物ではありません。辞められては何かと困るからと、会社側の都合で、社員の“キャリア権”を奪うようなことをしてはいけません。
社員のキャリア形成を支援するためには、会社側は社員に対して、事業戦略と人材ポートフォリオを明示する必要があります。
そのうえで、

この事業戦略を遂行するために、私たちと共に頑張ってくれますか?

事業戦略遂行上、あなたに〇〇〇の役割をお任せしたいのですがやってくれますか?
と持ち掛けることが、ミドルマネジャーには求められます。そして、社員に自己選択してもらうのです。
※キャリアの自己選択は重要です。エンゲージメントを気にしている会社は多いですが、キャリアの自己選択感はエンゲージメントに好影響を与えますよ。→ 関連する記事へ(リクルートマネジメントソリューションズさんのサイトへ)
しかしながら、そもそも事業戦略自体に問題のある会社があります。以前にもブログで書きましたが、こんな会社があるのです。
▲ 事業戦略があってないようなもの(誰も気にしていない。個人の目標に落とし込めていない)
▲ 戦略と言っているが、実際は単年度で思考し、意思決定している ※単年度では戦略とは言えない

そんな会社にはきっと人材ポートフォリオという概念がないでしょうから、社員のキャリア支援なんてできるはずがありません。キャリア自律なんて、夢のまた夢・・・。
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本の中に、ちょいちょい書かれていますが、「人事のことは人事に任せる」という時代ではありません。(じゃあ、人事は何するの?という議論は今日は無し)
人事という言葉をもっと具体的に言えば、採用、配置、育成、評価、報酬、代謝などのことを言っています。これらをすべて、事業戦略と紐づけて、現場レベルで考え、マネジメントしましょうということです。
人事部門も変革の必要はありますが、現場のマネジャーの皆さんは「事業戦略を遂行するのは人材なんだ。その人材を中長期的に渡ってどのようにマネジメントしていくか。その際に、会社の人事制度や仕組みをどう利用していくか」を考え、実践することが、AIにとって代わられないマネジャーになるための道の一つだと思います。
今日ご紹介した本:PwCコンサルティング合同会社 加藤・高田・鈴木著『企業変革を実現する 人材ポートフォリオ・マネジメント戦略』労務行政(2025年)
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